平成16年度「第20回山梨県図書館大会」基調講演

21世紀の図書館の可能性
  
講師 ひつじ書房代表取締役社長 松本功氏

 

 山梨県図書館大会の基調講演で話す機会をいただき、ありがとうございます。大変光栄に感じております。
 今、ご紹介いただきましたが、若干補足しながら自己紹介したいと思います。国文学の専門書を出す桜楓社(現おうふう)に、大学卒業後5年間勤め、90年、29歳の誕生日に独立し、それから14年間ひつじ書房を運営してまいりました。3日前に嬉しいニュースがありました。春に出版した『方言学的日本語史の方法』(小林隆 2004.2)という専門書が新村出(しんむらいずる)賞を受賞しました。新村出というかたは今は、広辞苑の編者として有名です。2年続けてこの賞を受賞し、言語学に関しては一番レベルの高い賞なので、とても嬉しく思っています。
 中心は言語学出版ですが、何の縁か、ここ5年くらい、図書館に色々な形で関わるようになり、いくつかのメディアで図書館について話をさせていただくようになりました。2000年から「進化する図書館の会」というものをやっていますが、去年出版された『未来をつくる図書館』(岩波書店 2003.9)の著者、菅谷明子さんも「進化する図書館の会」の創立メンバーのひとりで、この本のあとがきに私の名前も出てきます。現在アメリカに住んでいる菅谷さんに、日本で初めて講演を依頼したのは私です。「進化する図書館の会」とも関係があるのですが、「ビジネス支援図書館協議会」を作ったキーパーソンの、菅谷さん、浦安市立図書館前館長の常世田良さん、現会長の竹内利明さんを出会わせたのは私で、動きの元を作ったと言えると思います。
 出版社として図書館に直接関係していませんが、学生時代は図書委員だったりと、以前から図書館に関わってきたので、今図書館に関わっていることを嬉しく思っています。

 本日の話ですが、「ビジネス支援図書館」がどのようにできて、どのような活動をしているのかということについて触れます。また、私自身が出版社を作り、編集者であることから、地域社会の知的な循環ということに非常に興味があり、それが図書館に関わった背景になっていますので、その話をさせていただきます。
 具体的な話の構成は、最初に、21世紀とはどういう時代かということを話し、その次にビジネス支援のこと、それから、現代の知の構造ということと、その中のひとつの言葉して「眼識ある市民へ」「インフォアーツ」について触れたいと思います。最後に図書館の可能性を実現する条件ということを話させていただきます。


1 21世紀とはどういう時代か

 最初に、21世紀とはどういう時代か。20世紀ではなく、21世紀の図書館を考えるわけですので、そのことを考えたいと思います。
 日本では2006年くらいをピークに人口が減ると言われています。これは20世紀には起きなかった現象で、今までずっと人口は増えてきましたが、減りはじめるということは、社会の流れが大きく変わることになります。また、今まで経験したことがないことが起きてくることになると思います。これは、若者の比率が減るということなので、「学ぶ」ということをどう考えるかということにも関わってきます。
 また、ものの売れ方も大きく変化しています。マーケティング用語で、「プロダクトアウトからマーケットイン」ということが言われています。良いものを作れば売れるという考え方(プロダクトアウト)から、マーケットの人々の求めに合ったものを作らなければだめだという考え方(マーケットイン)に変わってきています。ずっと高度経済成長をとげてきた中で、良いものさえできればそれが売れるという時代が続いてきましたが、最近では色々なことが起きています。
 100円ショップのように、ものの値段が下がってきているということもある一方で、ユニクロが、「安いというものに価値を置くことはやめます」という発言を新聞広告でしています。安いということがよいことだと言う風潮の中で、ユニクロのものが受け入れられ、成長していたわけですが、そのユニクロが「安いことをやめる」ということがありました。
 今年、『なぜ安アパートに住んでポルシェに乗るのか』(辰巳渚著 光文社 2004.3)という本が出ました。生活が豊かで、お金を持っている人がポルシェを買うことが普通だと思われていましたが、「車だけはよいものを買う、他の生活はあまり気にしなくてもいい」というような、かつてだったらあまり考えられなかった、色々なパターンの消費行動が生まれてきており、これは新しい事態だと思います。
 私のいる出版業界も今はかなり厳しい状況です。高度成長期は急上昇で売り上げが伸びるという時代でしたが、出版界はまさにこの右肩上がりの影響を受けていますし、人口の話でいうと、大学や高校の進学率が増え、本を読む人口が増えることにより、プロダクトを出すことで利益を上げるという形になっていたと思います。
 1997年から前年期よりマイナス成長となり、7年連続で減少し、現在では90年くらいのレベルになっています。「新文化」という出版業界の新聞の記者に聞いたところ、「ハリーポッター」が出ても『バカの壁』が出ても、今年も前年比の売り上げをダウンするだろうと言っていましたので、8年連続で書籍の売り上げは減少しています。(実際には8年連続は免れました。)
 次に大学の変化ということですが、現在は大学に進学する人は、4年制大学と短大を含めるとほぼ50%近くになっています。人口の過半数近くが大学に行くというのは、またこれも歴史始まって以来のことですし、ここ数年のことだと思います。
 インターネットというのも大きな時代の変化だと思います。自宅のパソコン、携帯の端末からインターネットにアクセスできる、検索できるということは、やはり新しいことだと思います。多くの人が、パソコンや電子機器を使って色々な検索ができるということが新しい事態です。また、色々なコンテンツ、資料、統計、それぞれの発言のようなものがネット上にあり、それを見ることができるというのも新しい事態だと言えます。
 携帯でメールを送る人が非常に多いということだと思うのですが、本の売り上げが連続でダウンしている一方で、テキスト、文字を打つ人、文字になじむ人、文字を扱う人、あるいは文字の量は……、と考えると、本の売り上げが減少しているのとは逆に、こんなに多くの人が手紙、メールを出すということもまた、歴史始まって以来のことで、その対照自体もまた興味深いと思います。
 GoogleやYahooの検索を使っている方が多いと思いますが、ちょっとした言葉を入れて色々なことが調べられる。もちろん図書館員の方などからすると、検索の仕方は非常に稚拙だとは思うのですが、それでもなにかは、見つかるということ、そういうものにアクセスできるということ自体が、全く新しい状態だと思います。
 ただ、情報にはどんどんアクセスできるという一方で、情報がうまく活用できるかというとまた別の問題があり、情報の洪水、あるいは情報の爆発と言ってもいいような状態が身の回りに起きています。
 IDCが、世界におけるインターネットのトラフィック(情報の流れている量)は、2000年から2005年の間に93倍に増加するという調査報告を出しています。世界のインターネット利用者が生成するトラフィックは、2000年末の段階で1日あたり2万4,432テラビットに達したと見積もっており、その情報量は米国議会図書館に所蔵されている全情報量の305倍以上に相当しています。また、様々な理由でインターネットを利用する人が生成するトラフィックは、年平均145%で成長し、2005年末には1日あたり227万6,000テラビットに達すると予測しており、今まさに「情報が爆発する」という状態に入っていると思います。
 私たちも含めて、多くの人々が、非常に多くの情報があるのに、情報にアクセスできない。Googleにてきとうなキーワードを入れてそれを見るということはできても、何か探したいものがあってそれを見つけだそうとすると、逆にとても大変になってしまうという状態があります。
 今よりも情報が少なかった時代であれば、もう少し話は簡単で、基本的なものを調べて、その上にだんだん応用するような情報があるというような形で、情報の構造はもう少しシンプルだったので、やりようがあったと思います。現在では、調べる方法やスキルがなく、行き当たりばったりで調べるとか、見つかったものを調べるという形になっていると思うのです。
 日常生活を考えても、自分が専門としているものに関しては、情報がどこにあるか、直感が働いたり慣れているため迷わずにたどり着けても、ちょっと離れた分野になると、その勘が働かず、暗中模索の状態になるということが起きてくるのではないかと思います。
 私の例でいうと、本屋さんに行けば、どこにどのような本があるか、どこにどのような棚があるかというのは、だいたい予測がつくので探しやすいのです。しかし、ちょっと違う業界、例えばCDショップに行くと、どうやって探したらいいか、皆目見当がつかない状態です。どこにどのようなCDが、どういう分類で並べてあるかということは、ある程度頻繁にCD店に行く人でないとわからないのです。CDショップの壁に貼ってあるような、今売れているもの、はやっているものを聴くことはできるのですが、自分に合ったものは探せないと思います。そして、これはたぶん、情報全体に言えることではないかと思います。よほど何か必要があって、自分が不得意なところを調べようと思わなければ、とりあえず見つかったものだけで済ましてしまう、という状態だと思うのです。
 このように、探す情報にうまくたどり着けないという例をお話しします。私の住んでいる文京区は焼き肉屋さんが多く、頻繁に行くおいしい店があったのですが、狂牛病の騒ぎの時につぶれてしまいました。その時に新聞を読んでいたら、「牛角」という焼き肉のチェーン店に「狂牛病に対してどのような対策を取っていますか?」というインタビュー記事があり、取締役の方が「数年前からヨーロッパで狂牛病のことを調べていたので、対処できるような情報をとっておき、その情報に基づいて乗り切る対策を立てていた」と答えていました。生協連などもヨーロッパの状況を調べていたので、それで対応したそうですが、町の焼き肉屋さんの中には、情報を事前に調べるという才能がなく、なすすべもなくつぶれてしまったところもあります。個人営業やそれほど大きくないところにとっては、情報が切実な問題だと思います。もし早くわかっていれば、最初からメニューの中に豚肉や鶏肉を入れておくこともできましたが、リスク管理のノウハウがなかったのです。
 今挙げたことが全てではないのですが、今までなかったことが起きているということと、情報が非常にあふれているけれど、重要な情報に必ずしもたどり着けるわけではないという状態があると思います。そのような前提があって、ビジネス支援図書館という活動を始めました。

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2 ビジネス支援図書館

 起業率と廃業率という言葉がありますが、山梨県の起業率は全国で下から2番目で、2.9%となっています。日本の問題は、起業率より廃業率が高いことで、なんとかしないと日本経済全体が低下してしまいます。地域経済のパワーが弱くなると、当然税収も減ってきますし、色々な施策がとれなくなるという大きな問題があります。
 2000年の段階で、スイスの民間経済研究機関の世界経済フォーラム(WEF)が発表した「世界の競争力ランキング」で、日本は21位という、先進国の中で非常に低いランクでした。ビジネス支援図書館を始めたのはそのような時でした。
 幸い今は多少復活して、今年の10月に発表されたものによると日本は9位になっており、競争力が戻ってきたと言われています。しかし、中小企業とか、地域の企業自体が活力を取り戻しているかというと、まだ弱いのではないかと思います。大きな会社だけが元気になればいいのではなく、地域が活性化するということが非常に重要なことだと思います。
 「中小企業白書 2004年版」第2-2-13図(新しい事業分野を選んだ理由)には、どういう人が会社を作っているかということが書いてあります。これを見ると「社会が必要としている分野だったから」という比率がとても高いのです。「社会が必要としている分野だったから」、会社を作ったり、新しい技術を作っている人が多ければ、その地域は活性化したり、元気になったり色々な新しいことにトライしようということになると思います。また、これは小規模企業の例ですが、「以前の職場で実践できなかったから」「日常生活の中のアイディアである」など、そのような関心を持って行動を起こすことにより、社会は活性化すると思うのです。会社を作るのは利益のためではないかと思われがちです。実際にそれも大きな理由ですが、自己実現とか社会貢献とか、あるいは社会で必要とされているがまだ多くの人がやっていないから、という理由の人も多いのです。
 大きな会社と小さな会社の関係でいうと、「中小企業白書2004」に第2-1-9図(新たに形成されたニューサービス市場への参加者の変遷 参入時と現在)があります。それを見ると、中小企業によって市場が形成され、次第に大企業が参入してくることがわかります。つまり、参入時期には「競合なし」だったり、ライバルがあってもほとんど中小企業という状態だったのが、現在では大きな会社が入っている。それがおもしろいことだと思います。
 つまり、最初に何か起こすのは、どちらかというと小さなところからで、それがだいたいうまくいきそうだなと思うと、大きいところが入ってくるという形になっています。そのことから考えると、小さいところが頑張っているということは、色々な新しいことが起きるということになると言ってもいいのではないかと思います。ですから、大きな会社が景気がいいのは悪いことではないと思いますが、やはり小さなところも元気に色々と活動を起こすことが、社会が活性化するということになるのではないでしょうか。
 『社会人大学院で何を学ぶか』(山田礼子著 岩波書店 2002.6)という本に挙げられいてる「若年者の就業実態調査」(厚生労働省 1997年)では、かなり多くの人が自分のスキルとか技能を向上させたいと思っていることがわかります。
 この本では、このような人たちが大学院を使って勉強するということを書いているのですが、新しいことに挑戦できるような研修のようなものは、図書館でやっていいことだと思います。
 ビジネス支援の話をすると、それはビジネスをしている一部の人のためのサービスではないかと言う方がいますが、2000年の国勢調査によると、男性の26歳から29歳までの各年齢では、いずれも90%をこえる人が働いており、また女性でも60%を越える人が働いています。職場での仕事自体の改善を支援することは、一部の人に対するサービスではなく、多くの人々に利益をもたらし、元気づける、意義のあるサービスだと思います。
 「ビジネス支援」という言葉については、ビジネス支援協議会の中でも色々な議論があります。「ビジネス」という言葉は偏りがあるのではないか、例えば農業というのはビジネスに入らないのかという意見もありますが、当然農業も商業も入ります。
 いわゆるビジネスマンというと、「会社に勤めてバリバリやってる人」というイメージがありますが、それは別にこだわらないものです。また、実際に英語の辞書などを見ても、「business」というのは、「ものごと」であるとか「事業」であるとか、非常に広い意味を持っている言葉ですので、特に会社勤めなどに限定されたものではありません。会社を作ったり、新しいビジネスを考えたり、ということも含めて考えると、仕事支援よりビジネス支援という言葉で、地域産業の支援から、仕事の支援、勤労者の支援、農業支援まで全部含めてしまった方が、むしろ大きな枠で捉えられるのではないかと思っています。
 ただ、呼び方はひとつでなくてよく、農業に関わっている人が多い地域なら、「農業支援」と言ってもかまわないわけですし、なんらかの物事を進めていくことの支援を、ビジネス支援と捉えればいいわけです。
 少し話の方向を変えて、ビジネス支援という活動を、どのような過程で提唱し始めたかといういきさつについて話したいと思います。
 1990年に会社を作り、93年くらいからインターネットということを言い始めました。インターネットは、最初は大学や特殊な研究機関でしか使えなかったのですが、小さな出版社が大きい出版社に対して一泡吹かせてやろうと思い、新しいメディアに対して積極的に取り組んでいこうと思いました。ひつじ書房がホームページを持ったのは1995年でした。これは日本の出版社の中では10番目くらいに早く、学術系でいうと、自分でちゃんと作ったということでは、一番最初だと思います。
 当時、中村正三郎さんという方がデモンストレーションをするときに、小学館のホームページとひつじ書房のホームページにアクセスして、「ネットは会社の規模に関わらず情報を発信するもので、平等に存在する」ということをおっしゃいました。インターネットの初期の頃は、一種の平等主義的な理想が強かった時代ですが、そのような形で取り上げられたことがありました。
 ネット上で色々なデータや本の紹介などを提供していましたが、ビジネスとして出版社がすることとして、このままでうまくいくのかどうかが心配になったことがあります。
 出版社というのは複雑な位置にあり、公開すると同時にビジネスをするという仕事です。出版社は本をオープンにします。そのような立場にいるので、ネット上でどうやって生きていけるのか、全てのものが無料になってしまったら、出版社という機能はどうやって成り立つのか、ということに行き当たりました。
 その当時、電子図書館の議論が色々なところで行われていました。国会図書館で行われたシンポジウムで、そのワーキンググループに参加していた電気メーカーの人が、出版社はつぶれてしまうから、出版社に任せず全部国会図書館で公開したらいいのではないかという発言をしていて、とても驚きました。それは、ひとつはその当時電機メーカーはすごく尊大で、出版社は企業でも、自分は企業ではなく公的な存在であるのでつぶれるはずがないと思っていたと思うのです。また、出版社のビジネスを理解していなかったということも理由のひとつだと思います。
 そのような状況の中で「投げ銭システム」というものを考えました。ネット上でコンテンツを出す人が、一種の大道芸人のように、みんながその芸を見られるけれど、100人が見たら10人がお金を払う、というようなアバウトな決済の仕組みはできないかということを提唱しました。その当時は、情報を作ることはあまり考えず、どんどん公開し消費すればいいという風潮があったと思います。また、図書館の中でも、貸出を一番重視する、できている本を貸せばいいというような感じがあったと思います。
 そういう状況の中で、新しい視点はないかと考えたところ、サンフランシスコ在住の岡部一明さんの『インターネット市民革命』(御茶の水書房 1996)という本の中に、アメリカの図書館の話が書かれていました。アメリカの公共図書館や大学図書館は、サンフランシスコ地域のNPOや小規模のSOHO、ジャーナリストの人たちなどを支援する活動をしているという文章に出会い、今までとは違う図書館像が目に浮かびました。図書館は、情報の消費を支援するだけではなく、何かを作り出す人を支援するような場所でもあるのではないかと思ったわけです。
 そこで、「青空文庫」代表の富田倫生さんと、ルポライターの北村年子さん、浦安市立図書館の常世田さんに来ていただき、「公共図書館は市民の活動を支援できるか」というテーマでシンポジウムを行いました。その時、常世田さんから、“ジャーナリストの菅谷明子さんの「進化するニューヨーク図書館」(「中央公論」1999年9月号)という論文が非常におもしろい”ということを聞かされ、早速それを読みました。菅谷さんとは、たまたま別の、メディアリテラシーの関係で交渉がありました。その時はアメリカ在住でしたが、日本に来たら催し物でもやりましょうという話をしていて、シンポジウムの翌年の2000年1月の初旬に、浦安市立図書館で講演会を行いました。たぶんそれが、菅谷さんが日本で講演した最初だと思うのですが、そこに「図書館の学校」常務理事の小川俊彦さんが聞きに来られて、菅谷さんの話が非常におもしろいので、その年の図書館総合展の講演に呼ぼうという話が決まりました。
 その後で「進化する図書館の会」を、菅谷さん、常世田さんといっしょに結成しました。菅谷さんはその図書館総合展に来るのと同時に「図書館の学校」に不定期でアメリカの図書館に関する連載を始めたのですが、それが菅谷さんの住んでいたワシントン市のアーリントン図書館でした。その原稿を、「図書館の学校」に載せる前に見て下さいと、メールでもらったのですが、それを現在、ビジネス支援図書館推進協議会の会長をしている竹内利明さんに転送したのです。
 竹内さんとの出会いは偶然で、98年くらいに通産省と日経新聞で共催していたデジコンに、「投げ銭システム」のブースを出し、チラシを配っていたら、その隣のブースに、私と同年代の女性でクリスタルリンクという会社を起業した方がいました。竹内さんはその会社の手伝いをしていて、そこに挨拶に来たというのが最初です。
 竹内さんには、「図書館の学校」に連載をはじめた時、「図書館を使って起業した人はいませんか」と聞きました。その時は、知らないと言うだけで、私の意図をあまり理解してくれなかったようです。ところが、菅谷さんの原稿を転送したところ、私が一生懸命説明しても全然わからなかったことが一瞬にして氷解したようで、なぜビジネス支援に図書館を使うと良いのかということを理解してくれました。
 竹内さんは、中小企業の政策に関する中小企業庁のワーキンググループに入っている方で、中小企業庁や通産省の方にそのメールを転送したところ、それが非常におもしろいと思ってくれました。日本の競争力が21位というような時に、経済産業省の人を中心にどうやって起業を増やそうかと考えていました。商工会議所は土日やっていないとか、会社を作っている人以外の普通のサラリーマンや技術者などは、商工会議所に行くのはなかなか難しい。その点、図書館は非常に利用の多い公共機関であるし、敷居が低く誰でも来られる。働き盛りのサラリーマンであれば、自分の子どもを連れてきて、一緒にそこにいるというような機関である。そういう図書館で起業支援をすれば、かなり効果があるのではと思ってくれました。
 そこで一気に、中小企業庁のモデル事業という後押しが得られることになりました。2000年の御用納めの12月28日、通産省の会議室でミーティングをしており、そこでビジネス支援図書館推進協議会の結成となりました。
 翌年、東京電機大学でシンポジウムを開きました。社会的状況の変化の中で新しい図書館を模索している方々が、300人近く来てくれました。その年に、浦安市立図書館で企業庁のモデル事業として、ビジネス支援のセミナーを連続で行いました。また、東京都の力添えで、東京商工会議所にTokyoSPRINGという起業支援施設が作られています。
 そして、現在では多くの図書館でビジネス支援の動きが起き、何らかの形でビジネス支援コーナーを作ったりしています。
 9月には静岡市の図書館に、複合施設ですが、とても充実したビジネス支援図書館ができました。
 近くでは、上田市の駅前に上田情報ライブラリーがありますが、ここもかなり充実していますので、ぜひご覧になるといいと思います。例えば、日経テレコンや農文協の農業関係のデータベースなどの新しいデータベースを活用しており、参考になるのではないでしょうか。
 予算がないし、新しくデータベースなんて入れられないと考える方もいると思いますが、そういう方はぜひ足立区立竹の塚図書館に行くことをおすすめします。こちらは予算というより、知恵を絞って様々なサービスをしており、例えば、新聞の求人広告をとっておいて壁に貼ったり、雑誌の「喫茶店の作り方」というようなものを並べたりとか、色々な区内の企業セミナー、商工会議所でやっているようなビジネスセミナー、簿記講習のチラシなど無料でもらったものを置いておくというようなことをしています。
 皆さん自身実感されていると思いますが、公共施設の中で図書館ほど多くの人に利用されているところはありません。しかも、色々な情報を入手したいという気持ちを持って来られる方が多いので、他の施設だとなかなか持っていかれないようなチラシが、図書館に置いてあると1日か2日でなくなってしまう。ただ、そういうものはなかなか図書館には回ってこないので、例えば、観光課や産業関係の課に頼んでおき、そういう資料を置くだけで、情報センターとしての機能を果たすようになります。
 農業関係や健康、環境など、東京で開かれる様々な見本市のようなものに、県や市や町で参加する方がいらっしゃると思いますが、そこでもらったパンフレットやレジュメを図書館にもらうといいと思います。そうすれば新しいことがどのように起こっているかということもわかるし、非常に役立つことがあるので、様々な無料の資料を集めておくと、それだけでも助かると思います。大学の進学パンフレットや、大学生に送られてくる就職情報のような無料のものを使うといいと思います。そういう点で、竹の塚図書館は、規模は小さいですがアイディアを絞っている図書館です。
 そういう活動をしている中で、去年7月に経済産業研究所の支援を受けて、「アメリカ公共図書館のビジネス支援」というテーマでセミナーを行いました。ビジネス支援のアイディアの元になった、アメリカのニューヨーク市立図書館のSIBL(科学産業ビジネス図書館)の館長さんや、アウトリーチ・ライブラリアンという肩書きを持っているニューヨーク郊外のシムズベリーという小さい町の図書館の方などに事例報告をしていただきました。その方は、商工会や町の催しに出かけて名刺を配り、何か調べたいことはないですかと聞いて歩き、一種のレファレンスの出前のようなことをしているそうです。そういう中で人のつながりを作り、どういうことが求められているかを知り、それに対してサービスをしているという例です。その様子は、経済産業研究所のホームページで、通訳つきの動画を見ることができます。

 去年は『地域の経済2003』(内閣府政策統括官編集 国立印刷局 2004.1)にビジネス支援が掲載されましたし、政府の「骨太の方針」にもビジネス支援図書館の整備という文言が入り、また、社会教育活性化21世紀プランというものができました。この中では図書館が主軸になっていると思うのですが、社会的にも図書館がそういう活動をしてほしい、するべきだという流れが出てきているのだと思います。
 図書館学あるいは図書館の歴史を勉強された方はご存知だと思いますが、意外と忘れられていることがあります。1963年の「中小都市における公共図書館の運営(中小レポート)」の内容を「市民の図書館」が整備して貸出等が始まったと言われています。それは間違っていないと思いますが、「市民の図書館」が出たときに「中小レポート」の様々な点が忘れられてしまったと思います。その中のひとつが、この「地域社会の基礎構造調査」です。ここ2、3年「ビジネス支援」と言っていますが、それは「中小レポート」の中の、私に言わせれば一番重要なところに書いてあります。地域の産業構造を調査することによって、「地域社会の発展を担っている最大の階層はどこか、を見究め、サービス対象の重点をどこにおくか決める資料ともする」と書いてあるわけです。利用サービスも大事ですし、近い場所に図書館を造るということも、全域サービスというのも大事だと思いますが、図書館の大元として地域の支援ということがあるわけで、それはすでに63年に言われていることなんです。
 そういうことが書いてある「中小レポート」を、皆が皆大事だと言っているわりには、なぜきちんと注目していなかったのかということを非常に疑問に思います。そういう点で、ビジネス支援というのは特殊なサービスではなく、図書館がやるべき基本的なサービスのひとつだと思います。それぞれの館ができる範囲で、図書館の基本・基礎に立ち返って行うことが大切だと思います。
 ビジネス支援というと、例えばデータベースを入れるとか、セミナーをするとか、ちょっと大上段に構えてしまいますが、先ほどの竹の塚の図書館のように、できるものを使えばいいわけですし、もっと些細なことで様々な方法があると思います。
 ここに挙げた「月刊ストアジャーナル」(研修出版)というのは小売店関係の色々な改革を提案している雑誌ですが、このようなものもおもしろいですし、今私が翻訳しているアメリカの「図書館で地域を支援する」という本の中に書いてありますが、ビジネスの啓発テープ、例えば会社をどうするかとか、経営の方法、従業員とのつきあい、商品開発の方法といった内容のテープがあると結構おもしろいのではないかと思います。車社会の山梨では、通勤時に車の中で聞けるようなビジネス関係のテープがあればと思います。上場しているような大きな会社をよりも、むしろ小さい小売店や個人営業の店などを支援できればいいと思います。商店街が少し寂れてきたというようなことがあるのであれば、それをてこ入れできるような、小売店向けのビジネス支援サービスというのもあっていいかと思います。
 「ビジネス支援と図書館」(「現代の図書館」2003年 41巻2号)の最後に書いたことですが、ビジネス支援サービスとは予算を獲得するための手段ではなく、マネジメントという21世紀の重要な課題を、図書館自身が学ぶ機会であり、図書館自体が運営に成功し生まれ変わるチャンスだと思います。今まで、図書館自体がマネジメントということをあまり考えていなかったと思いますが、図書館のバリューとコストがどういう関わりであるのかということを、積極的に説得していかなければならないと思います。ビジネス支援を行うことで、利用者にビジネスの仕方をサポートしながら、自分自身の図書館の在り方を考えることができると思います。例えば、「市民は情報を持っていなくて図書館が情報を持っている」と考えなくてもいいわけで、マーケティング、販売、商品開発などということは、むしろ勤め人やサラリーマンの方が知っている場合も多いのです。このような場合にはそういう人に来て話をしてもらえばいいと思うのです。すべて図書館が提供するというよりも、市民の中で、その専門能力のある人にお願いをして、図書館を知識のやりとりができる場所にしたらいいと思います。

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3 知の構造を考える

 次に「知の構造」ということをお話ししますが、これも今大きな変化を遂げていると思われます。
 大学の例ですが、カリフォルニア大学のトロワという高等教育の研究者がおもしろいことを言っています。人口の15%の人が進学できる状態での大学は、エリートの大学で、15%を超えるとマスのための大学となり、50%を超えるとユニバーサルになる。エリートの時代は、機会としては少数者の特権だったのが、マスの時代になると総体的な多数者の権利となり、ユニバーサルになると万人の義務になる。大学進学の条件も、エリートの時代は、かなり制約的で家柄や才能に限定されているのですが、マスになると一定の制度化された資格になり、ユニバーサルになると開放的になる。高等教育の目的は、エリートの時代は人間形成と社会化、マスになると知識技能の伝達になり、ユニバーサルになると新しい経験の提供になるということです。つまり、知識に対する態度が変わってくるわけです。
 今、大学で何が一番大きな問題になっているかと言うと、勉強の仕方がわからない人が多くなっているということです。エリートの時代であれば、少数で勉強することによってインテリになり、指導者になるという自分自身の動機もありましたし、家庭の中でも本の読み方や議論の仕方を学んできたのですが、今は大学生の大半がそういうことがなくなっている。ですから、クラスの中で、議論もできないですし、発表もできない、レポートも書けないし、しかもちょっと難しい本は読めない、読む理由がわからない、動機もないということになっています。底辺の大学ではなくて、私立の中堅以上や国立大学でも、レポートの書き方のような授業が必須になっていて、それがないと成り立たないという状況になっています。
 大学だけではなく、社会全体がそういう状態だと思います。昔は何か問題があれば、それにコミットして変えていこうという、情報に対する主体的なアクセスがあったと思うのですが、今は情報が氾濫しているという状態なので、情報に対してあきらめている。情報の調べ方もわからないし、まとめ方もわからない。社会全体がそのようになってきているのではないかと思います。だから、情報がたくさんあってもそれにアクセスすることができないし、それを活用できない。

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4 眼識ある市民へ

 市民の側には、情報に対するリテラシーが必要ですし、調べ方が共有化されたり、能力を高める必要があると思います。大学であれば、大学の先生が勉強の仕方や授業の取り組み方、ノートの取り方を教えてくれます。教えないと授業が成り立たないのです。しかし、社会に出たら、今まではそれは誰も教えてくれなかったし、自分で学びに行くしかなかったわけです。そこに私は図書館の可能性・必要性があるのではないかを思うのです。
 情報に対するアクセスと整理、それを構成し直す、というようなことを助けてくれる社会的な機関が社会に存在するべきだろう。存在しないと、とりあえず見つかったものや、とりあえず思いついたものでしか活動できない時代がきてしまうと思います。
 『インフォアーツ論』(野村一夫著 洋泉社 2003.1)という本に書いてあることですが、多くの場合自分は職業に対して、あるジャンルでは「専門家」であっても他のジャンルでは「しろうと(通行人)」です。しろうとの場合はそれを調べられないわけです。先ほども申しましたように、私がCDショップに行っても何がなんだかわからなくなってしまうように、ちょっと違うことに関わろうと思うと、何もない暗闇に行ったような感じ。暗闇なら真っ暗だからいいのですが、色々な情報がたくさんあって、どうやって検索していいかわからない状態では、無関心にならないと救われない。色々なものに注意を払っていると、あれも知らなきゃいけない、これも知らなきゃいけない。そうなると混乱してしまうと思うんです。


5 図書館の可能性を実現する条件

 そこで、図書館のような組織が、様々なアシストをしてくれるということが望ましいと思います。昔は、人がそれぞれ同じ方向を向いていた。高度成長時代はそうだったと思うのですが、今は、それぞれが違うことをしたり、違うことを考えるという、多様化した時代になっています。色々な人がいて、様々な問題もある中で、やはりそれをアシストしてくれるような、何らかのサポートが必要になるわけです。
 色々な社会問題が起こったり、様々なことが問いかけられています。最初に誰かが、これは重要なことであるからみんなで考えようと提唱していき、そこで考えられたものは、ストック化され、社会でアーカイブ化されて、それが更に次の現象を引き出していくことで、世の中の流れができていくと思うのですが、ここでやはり図書館が強力なアシストをしてほしいと思います。
 出版社である私はまた違う立場で、編集や出版をしたりという中で、このような社会の状態を、もう少し整理されたもの、もう少しアクセスしやすいものに変えていきたいと思っています。
 そういう点でいうと、21世紀の図書館と21世紀のパブリッシングというものは、非常に循環し、協動する作業の中にいるのではないかと思います。公貸権の問題も起きていますが、本来的には、図書館の力を拡大することによって解決するしかないと思います。貧乏の中でより貧乏になっていくという選択ではなく、もう少し公共的に図書館が力を付けることによって全体の流れを変えていく。そのためには、図書館のあり方が、情報を消費するだけではなく、情報を作ったり、組み合わせたりする活動を支援する側の機関であるというようになるべきですし、そういうことで社会に訴えていく必要があります。
 図書館は、貸出や受験勉強での利用も大切ですが、やはり、そこにいくと問題が解決するとか、その問題について考え続けてみようと思わせるような、一種の知性の培養液、触媒のようなところにぜひなってほしいです。21世紀の社会が、情報がたくさんあり混沌としていく中では、図書館がライフラインであると。
 ただ車が運転できて、道路ができて通ればいいだけではなく、いったいどこで何がどうなっているのかということを知るためには、図書館が更に更に頑張っていただきたいと思います。

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「山梨県公共図書館協会報」No.23